ヴァイオリンを習いたいのですが・・・
小さな生徒さんのお母様から相談を受けるとき、
必ずと言っていいほど「ピアノをやらせるべきか」と聞かれる。
生徒を見て、別々の判断を下すことにしている。

「ラ」は「ラの鍵盤」をおさえる、というピアノが、絶対音感の習得に役立つことは言うまでもない。絶対音感という能力は、読譜や暗譜の効率を上げてくれる。音大の入試に、「聴音」という科目があるが、絶対音感を持っていればこれも断然有利となる。だから、絶対音感はまだまだ幅をきかせているようである。
しかし、「ラ」は本来、確定されないものである。「ラ」自体、もともとは「ある音」をそう呼んだだけだから。微分音の使用が一般的になってきている現在、「ラ」は、古代以来再び多くの可能性を持つようになってきている。ヴァイオリンの「ラ」は不確定、そこが大きな魅力である。
私は、「ラ」を効率よく確定してしまいたくないのである。しかし・・・

自分は、ピアノをやらなかった。
それなのに、現在の「音」氾濫時代にあって早期教育を受けたためか、どうやら平均律の絶対音感が染み付いているようである。そのためか、音程感覚が硬直しているとしばしば師匠から注意を受ける。
根が負けず嫌いな私は、音律やピッチの応用力も訓練によって培った。しかし、私はいつもモダンピッチの平均律を中心に動いている。ちょっとおかしい気がするのだ。

ピアノから話しがそれてしまった。
ピアノという楽器、私は非常に好きである。
ヴァイオリンをやってなかったらピアニストになりたかったと思うほどである。
どんな楽器でも弱点がある。ピアノも然り。制約がない楽器なんておもしろくない。
ただ、ピアノ偏重主義は危険だと思うのだ。
自分がピアノを弾けないせいか、ひねくれているのかな。
# by violinmusik | 2007-01-05 02:03 | 演奏
昨年のコンサートの模様
が写真付きで掲載されている。
美女トリオ(笑!!!)
こちらもどうぞ・・・
失礼致しました。
# by violinmusik | 2007-01-04 02:36 | 演奏
「論文のテーマは何ですか?」との質問に、つい最近まで明確に答えられなかった。
提出期限が迫った今、やっと自分の書きたいことが分かってきたという、情けない状態である。
それでも、人生においてたった1度となるかもしれないこの論文制作という作業を、やり遂げたいと思っている。
もうひとがんばり・・・

主人公は、N.パガニーニ(1782-1840)
名脇役で、R.シューマン(1810-1856)が登場する。
筆休め・・・シューマンの《弦楽四重奏曲第3番イ長調》(op.41-3)を聴く。
冒頭の5度の跳躍は、彼の最愛の妻、クララの動機とされている。
シューマンの音楽から、憧れのようなものを感じることが多いが、この作品の第一楽章もまさにそう。クララ・・・
第二楽章は変奏曲、時折、強い嫉妬心のような。そう、クララ・・・?
第三楽章は、繊細で美しい。雨が降っていなくてよかった、気持ちが落ち込んでしまいそうだよ、クララ・・・
第四楽章の終曲は、シューマンのお得意の付点音符のオンパレード。力強く意志をもって。
バルヒェット四重奏団の名演奏で、しばし現実逃避。
# by violinmusik | 2007-01-03 22:01 | 鑑賞