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「絆」平井正志 作曲

昨年の秋、平井正志氏の「絆」を初演いたしました

梅雨が明けない頃に、平井氏が完璧な楽譜を届けてくださったこと
抱えていた曲を傍に置き、夢中になって譜読みしたこと
演奏する晩秋に、作品がどのような色彩に変化するのだろうかと考えていたこと
もう一年も経つのに、はっきりと覚えています
ピアニストの上野優子氏と平井氏、私で「絆」のリハーサルを重ねましたが
いざコンサートでは、もっとこう弾きたかった、ああ弾けばよかった
 と、終演後、後悔もしました
それでも、言葉で言い表すのが難しいほど 心が動かされ
これほどまでに生まれたばかりの作品の演奏にのめり込んだことは初めてだったのです


もっと素晴らしい奏者がこの作品を再演してくださることを望みつつ
ここに、「絆」の動画をご紹介させていただきます










平井 正志(1957- )作曲

《「絆」ヴァイオリンとピアノの為に》(2023・世界初演)

この世に生まれて幸せを感じるとすれば、その“よすが”としてせめて確かなものは何かと問えば、それは自分とこの世界とをつなぐ、はかない絆ではないだろうか。人と人との絆、思い出の中の風景やできごととの絆…。

だがもしも、それらのかけがいのない絆が病や死や暴力や戦争といった抗いがたい力で否応なく断ち切られるならば、それは人にとって最もつらいことである。殊に、あまりに理不尽な、あるいは不条理な成り行きで大切な絆が失われるとすれば、それを受け入れることは容易ではない。今回の「絆」という作品は、そのような事態に置かれた人の生々しい実感を描く、筋書きもセリフも無い「音楽劇」である。

はじめのゆっくりしたテンポの場面は、平穏だった時の幸福な暮らしを遠く思い浮かべているシーン。続く快速なソナチネ風の楽想は、以前の楽しかった暮らしを描いている。しかし展開部の後半、徐々に増していく不穏な音響によって幸福な生活が恐ろしい脅威に次第に侵食されてゆき、ついには世界が瓦解してゆく様子を描く。そして最後は冒頭のシーンの回想であり、そこには失った絆に呆然と思いをめぐらすことしかできない人の姿がある。

今現在も、無意味な諍いにより人と人とが殺し合わねばならない国々が相も変わらずあり、飢えに拠って子供が死なねばならない地域があり、人間の所業によって環境が破壊され、全ての生物が生息できなくなる地帯は増大する一方である。生きる上で何が最も大切で貴いことなのか、人が皆改めて問わねばならない時ではないだろうか。(平井正志)






by Violinmusik | 2024-06-05 00:00 | 演奏